生前に相続放棄はできるの?

文責:所長 弁護士 足立博之

最終更新日:2025年01月10日

 一般に、被相続人に借金が多い場合などには、相続人は相続放棄を検討します。

 一方で、特定の相続人に財産を遺したくないと考え、自分の生前に相続放棄させることはできないかと考える方もいるかもしれません。

 相続というのは、一生のうちにそう何回も経験することもありませんで、実際に相続放棄を検討すべき立場や被相続人の立場に立ってみると、分からないことやどうして良いか迷うことも多々あると思います。

 そこで、今回の記事では、「相続放棄」に焦点を当てて、「相続放棄は生前にできるのか」「相続放棄に代わる方法はないのか」についてご説明します。

1 被相続人の生前に相続放棄はできない

 「相続放棄」とは、法定相続人が被相続人の相続権を放棄することです。

 相続放棄をすることができるのは、相続の開始を知ったときから3ヶ月以内と期限が定められています。

 相続放棄は、生前に行うことはできません。

 仮に、被相続人が死亡する前に、法定相続人が「相続を放棄します」といった内容の契約書や念書等を作成したとしても、法的効力はありません。

 生前に相続放棄ができない理由は下記の通りです。

 • 現在の法律では生前に相続放棄ができる制度がなく、相続が発生した後の相続放棄しか規定されていない。

 • 相続放棄は家庭裁判所に対して手続きを取ることで可能となるが、相続放棄は相続が発生してから行う考え方より、家庭裁判所が生前の相続放棄を受け付けない。

 • 生前に相続放棄ができると、他の相続人や被相続人からの介入で相続人の相続権が剝奪されて、相続人間の遺産分割の平等が崩される可能性がある。

2 相続人に相続放棄させる代わりにできる方法

 それでは、被相続人となる方が、特定の相続人に相続させたくない場合はどうすればいいのでしょうか?

 ここでは、生前の相続放棄の代わりにできる対応方法について説明します。

 

⑴ 遺言書と遺留分放棄

 「遺言書」を作成することにより、相続人に、被相続人自身の意思を反映した遺産分割をさせることができます。

 「特定の相続人の相続分がない遺言書」を作成すればいいようにも思えますが、そう単純ではありません。

 配偶者と子供(代襲相続人含む)、相続人に子供がおらず直系尊属が相続人となる場合は、直系尊属に遺留分があります。

 遺留分とは、法律上保障された、相続人が受け取れる一定割合の相続財産のことです。

 よって、「特定の相続人には相続分がない遺言書」を作成しても、この特定の相続人は遺留分を請求することができます。

 そこで、これを回避するためには、「特定の相続人には相続分がない遺言書」を作成した上で、「特定の相続人が遺留分の放棄」を行うことにより、当該相続人に相続財産が行かないようにすることができます。

 生前には相続放棄ができない一方で、遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を得ることで、相続発生前でも可能です。

 

⑵ 相続人廃除の申し立て

 相続人が廃除されれば、相続人は相続人の地位を失います。

 相続人の廃除は、被相続人の生前でも行うことができますし、遺言によってもすることができます。

 なお、排除の対象となる行為は、以下の通りとされています。

 • 被相続人に対して肉体的・精神的に虐待をしていた

 • 被相続人に対し重大な侮辱をしていた

 • その他著しい非行があった

 こういったケースがあれば、家庭裁判所に相続人の廃除を請求することができます。

 相続人の廃除が認められると相続の権利がなくなりますが、廃除された相続人の子や孫といった直系卑属は代襲相続をすることが可能です。

 

⑶ 他の相続人に対する生前贈与

 遺産を渡したい相続人に「生前贈与」しておく方法もあります。

 しかし、生前贈与の場合でも、遺留分に注意する必要があります。

 被相続人が生前贈与した財産がある場合、原則、相続開始前の一年間に贈与されたものに限り遺留分侵害額請求の対象になるとされています。

 しかし、被相続人(贈与者)と受贈者が、共に遺留分侵害になることを知った上で生前贈与を行った時は、相続開始前の一年以前の贈与分についても遺留分侵害額請求の対象となります。

 また、当該贈与が特別受益にあたる場合にも、原則として贈与された財産は遺留分侵害額請求の対象となってしまいます。

3 被相続人の借金が気になる相続人のための対策

 相続放棄は、一般的には被相続人の財産が債務超過、つまり、プラスの財産よりマイナスの財産の方が大きい場合に利用されています。

 ここでは、前項に対して、相続で被相続人の借金が気になる相続人のための対策をご紹介します。

 

⑴ 債務整理してもらう

 被相続人が債務超過では相続時に困りますので、まずは、被相続人に債務整理をするように促しましょう。

 債務整理とは、債務の減額や支払い期間・方法の調整等により、法的に借金問題を解決する手段です。

 債務整理には、主に、次の3つの方法があります。

 • 任意整理

 • 個人再生

 • 自己破産

 

⑵ 生命保険に加入してもらう

 被相続人の財産は、遺言があれば基本的に遺言通りに遺産分割され、遺言がない場合は遺産分割協議を行わないといけません。

 しかし、生命保険の場合は保険金の受取人が前もって指定されていますので、相続財産には含まれず受取人固有の財産となります。

 仮に、被相続人の財産に負債が多いなどの理由で「相続放棄」する場合でも、相続財産に含まれませんので、死亡保険金は受け取ることができます。

 

⑶ 生前贈与を受けた後に相続放棄をする

 生前贈与と相続放棄は全く異なる制度ですので、生前贈与を行った後に相続放棄を行うことができます。

 しかし、この場合、次の点に注意する必要があります。

 

 債権者による贈与の取消し請求

 例えば、財産の額を超える借金のある親が子供に生前贈与を行ったうえで、子供が債務超過になっている財産を相続放棄できるのであれば、この方法を取ろうと考える方は多いでしょう。

 しかし、そう上手くいくとは限りません。

 債権者は、相続放棄を取り消すことはできませんが、贈与を取り消すことができる権利、詐害行為取消権があるからです。

 基本的には、相続放棄を行った相続人が生前贈与を受けていたとしても、債権者が詐害行為取消権を主張することはできないとされています。

 しかし、被相続人が債務超過であることを相続人が知って生前贈与を受けた場合には、詐害行為取消権を行使でき、贈与が取り消され無効になるとされていますので、注意が必要です。

 

 相続税が課税される

 次の生前贈与については、相続税の課税対象になります。

 • 相続時精算課税の適用分

 • 相続の開始前3年以内に被相続人からの贈与を受けた暦年贈与分

 相続放棄をしても、これらの財産に相続税が課されることに変わりはありませんので、相続財産に対象となる生前贈与額を加えて相続税が課税されます。

 

 【「相続分なしの遺言書」では債権者には対抗不可】

 遺言書を作って「負債を含めて財産を相続させない」と記載しても、債権者は遺言書の内容に関係なく、相続人に法定相続分通りに請求することができます。

 例えば、被相続人が債務超過(例えば1,000万円のマイナス財産)、相続人が長男と次男の場合を考えてみましょう。

 遺言書で、「長男に負債含めて全財産を相続させる」「次男には何も相続させない」と記載したとしても、遺言書では債権者には対抗することはできません。

 債権者は、遺言に内容に関係なく、長男と次男に500万円ずつ請求することができます。

4 相続放棄をお考えの際はご相談ください

 今回は、「相続放棄」、および、「相続放棄に代わる、生前に行える対策」に焦点を当ててご説明しました。

 相続放棄に代わる対策はいくつかありますが、「遺留分侵害額請求」や「詐害行為取消権」を初め、専門家でないと対応が難しい問題を含んでいます。

 相続対策は、早く始めれば始めるほど効果があります。

 相続放棄やそれに代わる対策をお考えの方は、相続の経験豊富な法律事務所にご相談されてことをおすすめします。

 当法人では、相続放棄への対応を得意とする弁護士がご相談・ご依頼を承ります。

 もし、相続放棄に関することでお悩みであれば、是非一度当法人にご相談ください。

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